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宿研通信 10月号

気になる宿屋レポート 末吉が行く

宿泊予約経営研究所所長の末吉秀典が注目の宿泊施設をご紹介するこのコーナー。
今月は、「野の花亭 こむらさき」さんの体験レポートをお届けします。

「野の花亭 こむらさき」

首都圏から特急電車に揺られること約2時間30分。
幕末にペリー提督の黒船が来航し、歴史のターニングポイントとなった伊豆の下田に到着します。
窓から見える見事な海岸線は、ネイビーブルーから徐々にパステル調の明るい海に変化し、
そこに南国リゾートのムードを漂わせていました。

古民家が建ち並ぶレトロな街並みに、訪れる人は郷愁の念を抱くことでしょう。
今回はそんな美しい街、下田にある、
素朴に咲く野の花をテーマにした「野の花亭 こむらさき」をご紹介します。

全室露天風呂付き
客室の先がけ

創業19年目を迎える野の花亭 こむらさきは、露天風呂付き客室がわずか5室の小規模な旅館。
全ての客室に露天風呂が付いている旅館も今でこそ当たり前となりましたが、
こむらさきの創業当時はまだ少なく、先進的な旅館として話題になりました。
某ビールメーカーのテレビコマーシャルの舞台となり、
その後も数多くの雑誌などで取り上げられてきました。

そんなこむらさきは、有名なだけではなく
宿側のおもてなしの心と、お客さまのプライバシーを両立させた宿でもあります。


お客さまの好みに合わせた
宿屋のおもてなし

こむらさきのテーマは「心そのままにお過ごしいただく」こと。
宿の自然で素朴な空間をお客さまの色で設えていただくために、
お客さまの好みに合わせた接客を心がけているのだと
女将の奥井久佐子さんは語ってくれました。

宿に到着すると、まずお客さまは宿帳の代わりにアンケートを記入します。
項目はお客さまの好みに答えるもので、夕・朝食の時間は元より、
枕の好み、歯ブラシの好み、朝刊の種類、薬やケアアメニティなど。
女性は色浴衣やうちわ、男性は甚平・作務衣、
お酒を嗜む方は好きなぐい飲みを選ぶことができます。

夏の間は風鈴を選び、涼しげな音色を部屋で愉しむことができます。
また、お客さまから大変好評なのが、
女将が気に入った季節の野の花を、花飾りとしてお部屋に飾るサービスです。


色浴衣・作務衣など様々な色合いと
デザインを選ぶことができます
色浴衣・作務衣など様々な色合いとデザインを選ぶことができます
お客さまご自身で好きなお花を
選ぶことができます
お客さまご自身で好きなお花を選ぶことができます

お客さまの好みに合わせた接客を
心がけている女将と仲居さんたち
お客さまの好みに合わせた接客を心がけている女将と仲居さんたち

屋号の“こむらさき”は全て草花の頭文字からなっており、
“こ”は木舞姿(こぶし)、“む”は紫、“ら”は蘭、“さ”は桜草、“き”は桔梗、という意味。
客室は、それぞれの花のイメージで設えられています。

客室の広さは12.5畳の本間と6畳の掘り炬燵、そして露天風呂となっており、
閑静な空間でプライベートな時間を寛ぐことができます。
19年の歳月を経たお庭は、生い茂った自然の草木が木漏れ日の陰影を創り出し、
そこに山里の空間を醸しだしています。

 
ゆったりとした
落ち着きのあるむらさきの間
ゆったりとした落ち着きのあるむらさきの間
庭の草木の緑と
陽光の陰影が美しい露天風呂
庭の草木の緑と陽光の陰影が美しい露天風呂
 
豊富な郷土料理と名物
「こむらさきグラタン」

夕食は郷土の調理法と、地元の旬材をふんだんに取り入れた会席料理。
下田港で水揚げされた地魚の刺身や焼き魚、伊勢海老に伊豆牛のステーキ、
さらに下田のS級サザエの唐揚げなど盛りだくさんの内容になっています。
秋刀魚を酢で締め、表面をあぶり焦がした棒寿司などもあり、
季節感もしっかりと押さえています。

そんな豊富なメニューの中でも19年間変わらないのが名物「こむらさきグラタン」です。
紫色のクリーミィなグラタンソースの中にホタテなどの魚介類が入っています。
開業前、女将さんが九州で見つけてきた紅紫芋の素材を
洋風のグラタンにアレンジして出したところ、お客さまの間で大評判となり、
以来19年間、こむらさきの定番料理となっています。


季節を演出した
こむらさきの会席料理
季節を演出したこむらさきの会席料理
S級のサザエを使用した
唐揚げとエスカルゴ料理
S級のサザエを使用した唐揚げとエスカルゴ料理

古くから伝わる伝統郷土料理、
秋刀魚の棒寿司
古くから伝わる伝統郷土料理、秋刀魚の棒寿司
紫紅芋を使用した
定番のこむらさきグラタン
紫紅芋を使用した定番のこむらさきグラタン

お料理も華やかですが、その器も料理ごとに趣向が変わって、
目でも楽しめる内容となっています。
私がおじゃました日に出てきたお料理の品数は全部で15品。

少し品数が多いように思えますが、そのことについて専務の奥居麗さんに訊ねてみると
「下田は田舎なので、わざわざ伊豆の下田まで足を運んでいただいたのだから
地元の幸を存分に味わっていただければと思っています」とのこと。

本当にお腹いっぱいで美味しくいただきました。ご馳走様でした。

日常の中にある
非日常“隠れ宿”

2011年6月号で、熱海温泉の三平荘をご紹介したときに、
視覚のギャップ効果を説明させていただきましたが、
こちらの宿でも視覚のギャップを心地よく体感させられます。

というのも、下田駅から徒歩3分、駅のプラットホームが横に見える通り沿いにあるこの宿は、
隠れ宿のイメージにはほど遠い所に佇んでいます。
以前、あまりの立地に驚きチェックインせずに帰ると言われたお客さまがいたそうです。

その時女将さんは、とにかく一日滞在していただければ
良さがわかると説得し、宿泊していただいたそうです。
すると、そのお客さまはチェックアウト時には滞在空間の
あまりの心地よさに納得され、お礼を言って帰られたとのこと。

この出来事は、街中に創られた自然の寛ぎ空間の事例として、
今後の宿のあり方のヒントになると私は考えています。
日常の中の非日常な空間の発見。
それこそが隠れ宿の本質なのかもしれません。


30種類のテーマで
下田の街を楽しめる散策マップ
30種類のテーマで下田の街を楽しめる散策マップ


(文・写真:末吉 秀典)

今月の宿屋データ
宿屋 野の花亭 こむらさき
所在地・連絡先
宿泊予約サイト
→じゃらんnet →一休.COM
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