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宿研通信 10月号

気になる宿屋レポート 末吉が行く

宿泊予約経営研究所所長の末吉秀典が注目の宿泊施設をご紹介するこのコーナー。
今月は、 「神奈川県 強羅 強羅環翠楼」さんの体験レポートをお届けします。

神奈川県 強羅 強羅環翠楼

小田急線の小田原駅から箱根湯本に向かう各駅停車の電車に揺られること15分、
終着駅である箱根湯本の3番ホームには
茜色の独特の車両である箱根登山電車が既に入線していました。
わずかの接続時間で乗換。
平日にも拘わらず強羅行き登山電車は多くの観光客で混雑しています。
私は扉口近くに陣取り出発の合図を待ちます。

登山電車の魅力は箱根の山間の車窓にレールを軋ませながら進む急カーブに急勾配、
そして途中3ヶ所の進行方向が変わるスイッチバックポイント。
新緑に始まり、初夏はあじさいに秋は紅葉、
冬は雪景色も楽しめる観光客・鉄道ファン垂涎の路線です。

登山電車は箱根湯本駅から強羅駅まで標高差445mを一気に駆け上がります。
区間最大の勾配は1000分の80。これは12.5mで1mの高さを昇る急勾配。
出発直後から力強いモーター音のたてながら天下の険、箱根の山を登っていきます。
約45分の時間は登山電車の醍醐味を十分に満喫させてくれました。
強羅駅に降り立つと楓が少し赤く色づき初め秋の気配。
登山電車の踏切を渡り歩くこと3分ほどで今回の宿泊する宿屋「強羅環翠楼」の入口に着きます。

昭和24年創業以来からずっと変わらない
玄関と帳場の趣き。
昭和24年創業以来からずっと変わらない玄関と帳場の趣き。
上質な大人の会話が
静かに交わされる応接室。
上質な大人の会話が静かに交わされる応接室。

歴史を深く刻む
懐古のおもてなし

保養所・別荘が点在する閑静な場所にある強羅環翠楼は昭和24年(1949年)に創業、
今年で64年を迎える歴史ある湯宿です。
もともとは旧三菱財閥岩崎家の別邸であり、
三菱の創始者である岩崎弥太郎の三男にあたる岩崎康弥氏から
現在塔ノ沢にある元湯環翠楼の当時の社長、
鈴木二六氏が昭和24年にこの地を買い取り旅館として営業を始めたとのこと。

当時の別邸から受け継ぐ約1万坪のお庭「華清園」を有し、
数寄屋造りと書院造りを取り入れた本館の佇まいは木造二階建て、
客室は本館に10室、離れ4室のわずか14室。

湯処は昭和レトロを醸しだす2ヶ所の大浴場と
庭の時節の移ろいを愉しめる男女別の露天風呂の構成となっています。
源泉は2種類。
どちらも良質な無色透明の肌に優しい源泉で
大浴場・客室内湯、露天風呂にそれぞれ異なる源泉を引き湯しているそうです。

旧三菱財閥岩崎家ゆかりの
1万坪の庭園「華清園」。
旧三菱財閥岩崎家ゆかりの1万坪の庭園「華清園」。
客室備え付けの
強羅環翠楼の歴史がまとめられた物語。
客室備え付けの強羅環翠楼の歴史がまとめられた物語。

宿屋の玄関とは趣が少し異なる別邸風の玄関から帳場を通り、
歴史、文化の薫りが漂う本館の通路を抜け、
清浄なマイナスイオンに包まれた華清園の中にある離れの客室に通されます。

今回宿泊させていただく離れの錦華亭・八集庵。
昭和30年には天皇皇后両陛下が宿泊されたとのお話。
否が応でも緊張してしまいます。

間取りは十分に広く、本間10畳に次の間6畳、洋間10畳に
庵としての和室9畳に源泉掛け流しの内湯が2ヶ所。
本間の障子窓を開け放てば見事なお庭を独り占めできます。
強羅環翠楼の魅力の一つにそれぞれ異なる客室の風情があります。

大正4年に建築、岩崎家が別邸として使用していた当時のままの
本館「松・晴旭の間」は、この夏の小田急ロマンスカーのCMやポスターで
話題になった2間続きの広々とした客室。
スイカをほおばる家族のシーンが印象的です。

その他にも著名な歌手のPVやCDのジャケットの撮影などに利用されているとのこと。
アーティストが魅了される空間が至るところにあります。

窓を開け放して時を過ごす
贅沢な離れ「錦華亭」の和室。
窓を開け放して時を過ごす贅沢な離れ「錦華亭」の和室。
季節毎に彩りを変える
楓・桜・欅・松・楠などの庭園の樹木。
季節毎に彩りを変える楓・桜・欅・松・楠などの庭園の樹木。

昭和天皇皇后両陛下がご利用になれた
洋室で語らう一時。
昭和天皇皇后両陛下がご利用になれた洋室で語らう一時。
部屋の灯りを消して
お庭の色彩を愉しむ八集庵。
部屋の灯りを消してお庭の色彩を愉しむ八集庵。

大浴場は本館にあり、青いタイルが印象的な「巽の湯」と
ひょうたんの形をしたその名も「ひょうたんの湯」。
時間によって男女入れ替わります。
湯船に注ぐ無色透明の温泉からわき上がる湯気に包まれ
食事の時間までゆったりと癒されます。

露天風呂はお庭の中にあり、
大浴場の泉質とはまた異なりとろりとした感触を楽しむことができます。
庭木の葉づれの音、時折聞こえる鳥の鳴き声に山の冷涼な空気が
温泉で火照った体を心地よく冷ましてくれます。

常にピュアな源泉で
満たされ溢れ流れている「巽の湯」。
常にピュアな源泉で満たされ溢れ流れている「巽の湯」。
2段になっている湯船は
お子様連れに喜ばれる「ひょうたんの湯」。
2段になっている湯船はお子様連れに喜ばれる「ひょうたんの湯」。

庭園の樹木の緑が鮮やかな
男性露天風呂「環の湯」。
庭園の樹木の緑が鮮やかな男性露天風呂「環の湯」。
とろりとした源泉が美肌にする
女性露天風呂「翠の湯」。
とろりとした源泉が美肌にする女性露天風呂「翠の湯」。

天皇を夢中にさせた
旬を生かした食事

夕食はお部屋にていただきます。
仲居さんが一品一品、食事の進み具合に合わせてもてなししてくれます。
品を感じさせる仲居さんに伺ってみると、
以前は伊豆の旅館で長く務めていたそうですが
縁があって8年前から強羅環翠楼で勤めているそうです。
過度に飾らない宿屋であるところが気に入っているとのこと。

さて、まずは食前酒の梅酒、先付に湯葉と雲丹、蟹とオクラの小鉢。
前菜は秋を感じさせる栗の渋皮煮やつぶ貝など6品から始まります。
次に松茸・銀杏と鱧の土瓶蒸し。
お部屋が松茸の香りで包まれ、
お猪口に注ぐ金色のお汁には鱧と蛤の旨みがぎゅっと詰まっています。
お汁を全部飲みきり蓋を開けて、銀杏、松茸、鱧、蛤の順でいただきます。

次に鰺の姿造りと鮪の赤身が印象的なお造りが運ばれてきます。
白身は希少なイチミダイにミル貝の組み合わせ。
創業元は小田原の網元だそうで新鮮なお造りにはこだわりを持っているそうです。

季節毎に品書きが変わる
強羅環翠楼自慢のお料理。
季節毎に品書きが変わる強羅環翠楼自慢のお料理。
先ずは食前酒の梅酒で乾杯を!
湯葉の先付、季節の前菜。
先ずは食前酒の梅酒で乾杯を!湯葉の先付、季節の前菜。

松茸に大粒の銀杏の土瓶蒸し。
少し冷える秋夜に体も温まります。
松茸に大粒の銀杏の土瓶蒸し。少し冷える秋夜に体も温まります。
創業元が網元だけに
相模湾で揚がる新鮮な魚介の造り。
創業元が網元だけに相模湾で揚がる新鮮な魚介の造り。

焚き物はフカヒレを使った里芋のスープ煮。
昭和天皇がお食事を召されたときに箱根芋の蒸煮料理を気に入られ、
お代わりをされたとのこと。
このことは非常に珍しかったことらしく、それ以来、
お芋の焚き物が夕食に饗されるようになったとのことです。

肉料理はトマトの輪切りが目を引く和牛のロースト。
和風のソースと山葵が和牛の旨みを引き立ててくれます。
揚げ物はキンキの唐揚げ。
酢の物は秋の彩りを添える菊の花ととんぶりをあしらった鯛の昆布しめ。
最後に舞茸の炊き込みご飯と赤だしと約2時間じっくりと時間をかけてお料理を満喫いたしました。

全国各地の旬材を巧みに一品一品調理されているところはさすがと言えると思います。
翌朝の朝食も十二分に満足でき、
創業来同じ味で焼き続けている卵焼きもまた強羅環翠楼の魅力の一つと言えます。

里芋を時間をかけて煮込んだ
フカヒレスープ煮。
里芋を時間をかけて煮込んだフカヒレスープ煮。
輪切りのトマトに
インゲンと賀茂茄子の和風和牛ロースト。
輪切りのトマトにインゲンと賀茂茄子の和風和牛ロースト。

粗塩でいただくキンキの唐揚げに
手長海老を添えた揚げ物。
粗塩でいただくキンキの唐揚げに手長海老を添えた揚げ物。
旬の菊の花びらと器の彩りが美しい
鯛の昆布しめ。
旬の菊の花びらと器の彩りが美しい鯛の昆布しめ。

舞茸の香りと
ホタテ貝甘みが炊き込まれたご飯と赤だし。
舞茸の香りとホタテ貝甘みが炊き込まれたご飯と赤だし。
創業来ずっと味の変わらない
厚焼きの玉子焼き。
創業来ずっと味の変わらない厚焼きの玉子焼き。

来年は創業65年を迎える強羅環翠楼。
本館の建物はそれよりももっと年月が経っています。
時代のニーズに合わせ、何を変え、
何を変えないと決断することは本当に難しいというスタッフの皆さん。
お客さまへより快適な空間とサービスを提供する試行錯誤が続いているとのことです。

お話しをうかがう中、私は時間をかけて創り出された建物の風合い、
お庭の空間、ホスピタリティ豊かなスタッフとお料理に対するおもてなしは、
どれ一つをとっても日本人の美意識を擽る魅力を持っていると感じました。

箱根には強羅環翠楼のような希少な湯宿がいくつかあります。
皆様も一度行かれてみて体感してみてはいかがでしょうか。

(文・写真:末吉 秀典)

今月の宿屋データ
宿屋神奈川県 強羅 強羅環翠楼
所在地・連絡先
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  →楽天トラベル →じゃらんnet  →一休.com
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