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宿泊拒否の判断基準とは?改正される旅館業法「宿泊拒否」を解説

2023年12月から施行される旅館業法の改正により、今後はカスタマーハラスメント(理不尽なクレームや言動)を繰り返す顧客の宿泊を拒否できるようになります。しかし、サービス業である以上、相手はお客様。宿泊拒否の判断は非常にシビアです。
本稿では、旅館業法の改正点である「宿泊拒否」について、実際にどのような場合で宿泊拒否が可能になるのか、何を基準に宿泊拒否を決断すれば良いのかを具体的に解説します。
ご自身の施設を守るためにも、従業員のかたを守るためにも、ぜひ最後まで一読ください。

 

 

ホテル・旅館を取り巻く現状

 

昭和23年(1948年)に制定されたこれまでの旅館業法では、公衆衛生や国民生活の向上の観点から、伝染性の疾病にかかっていると明らかに認められるなどの宿泊拒否事由に該当する場合を除き、宿泊を拒んではならないとされていました。
しかし、近年では理不尽なクレームや要求、暴言や暴力を振るう、いわゆる「迷惑客」による、宿泊施設への営業妨害だけでなく、従業員への精神的な負担にもなるケースが増加しています。このことから、2023年6月に旅館業法が改正され、同年12月13日に施行されることになりました。
今回の改正により、「迷惑客」が宿泊施設に過度な負担をかけ、他の宿泊者へのサービス提供を著しく妨げるおそれのある場合、その顧客の宿泊を断ることができるようになります。

 

厚生労働省の検討会がまとめた運用指針

 

まずはじめに、一般的に言われるカスタマーハラスメントとして認められる代表的な行為は、以下のような特徴が挙げられます。

1.時間拘束型
長時間にわたり、顧客等が従業員を拘束する。居座りをする。長時間電話を続ける。
2.リピート型
理不尽な要望について、繰り返し電話で問い合わせをする、または面会を求めてくる。
3.暴言型
大きな怒鳴り声をあげる。「馬鹿」といった侮辱的発言、人格の否定や名誉を棄損する発言をする。
4.暴力型
殴る、蹴る、たたく、物を投げつける、わざとぶつかってくる等の行為を行う。
5.威嚇・脅迫型
「殺されたいのか」といった脅迫的な発言をする、反社会的勢力との繋がりをほのめかす、異常に接近する等といった、従業員を怖がらせるような行為をとる。または、「対応しなければ株主総会で糾弾する」「SNS にあげる、口コミで悪く評価する」等、ブランドイメージを下げるような脅しをかける。
6.権威型
正当な理由なく、権威を振りかざし要求を通そうとする。お断りをしても執拗に特別扱いを要求する。または、文書等での謝罪や土下座を強要する。
7.店舗外拘束型
クレームの詳細が分からない状態で、職場外である顧客等の自宅や特定の喫茶店などに呼びつける。8.SNS/インターネット上での誹謗中傷型
インターネット上に名誉を毀損する、またはプライバシーを侵害する情報を掲載する。
9.セクシュアルハラスメント型
従業員の身体に触る、待ち伏せする、つきまとう等の性的な行動、食事やデートに執拗に誘う、性的な冗談といった性的な内容の発言を行う。

参考元:カスタマーハラスメント対策企業マニュアル

 

 

宿泊拒否できる具体的な事例

 

厚生労働省の検討会がまとめた運用指針には、宿泊拒否が可能な「カスタマーハラスメント」の事例が具体的に示されました。宿泊を拒否できるケースとして、以下の状況が当てはまります。

▼他の宿泊者に対するサービスと比較して過剰なサービスを行うよう繰り返し要求する
 不当な要求例:宿泊料の割引、慰謝料、部屋のアップグレード、レイトチェックアウト、アーリーチェックイン、契約にない送迎等
泊まる部屋の上下左右に宿泊客を入れないよう繰り返し要求する。

▼特定のスタッフのみに自身を対応させること、又は特定のスタッフを出勤させないよう繰り返し要求する
▼土下座などの社会的相当性を欠く方法で謝罪を求める。
泥酔しスタッフに対し、長時間にわたる介抱を求める
対面や電話、メールなどで長時間にわたり不当な要求をしたり、叱責しながら不当な要求を繰り返す

 

また、以下のような場合は、お酒に酔っている状態でも、暴行罪や威力業務妨害罪等に該当し得るので警察に協力を依頼する必要があるとされています。

スタッフや他の宿泊客に接近して、咳を繰りかえす、唾を吐きかける、つかみかかる、突き飛ばす等の行為(暴行罪)。
旅館・ホテルの業務を妨害する意図をもって、法律に基づく協力をお願いしたスタッフに対して大声で罵倒する行為(威力業務妨害罪)
他の宿泊客がいる場で特定の感染症にかかっていると嘘をついて、旅館やホテルに対応を求め、業務を妨害した場合(威力業務妨害罪)
スタッフや他の宿泊客に対して、同意を表明することが難しい状態に追い込んでわいせつな行為をした場合(不同意わいせつ罪)
スタッフや他の宿泊客に対して、公衆の目に触れるような場所でことさらに裸体を見せつける場合(公然わいせつ罪や軽犯罪法違反)
施設内の備品や設備を意図的に破壊又は汚損する場合(器物損壊罪)
スタッフに対し、「SNS にこの旅館の悪評を載せるぞ」「このホテルに火をつけるぞ」と言うなど、生命、身体、自由、名誉又は財産に対し具体的な害悪を告知した場合(脅迫罪)
・「宿泊料をタダにしなければ SNS にこの旅館の悪評を載せるぞ」等と脅す場合(恐喝未遂罪)
スタッフに対して、生命、身体、自由、名誉、または財産に危害を与える旨を言って脅迫し、または暴行を使って土下座をさせた場合(強要罪)
不特定多数の者の前で「馬鹿」「ブス」等と侮辱する場合(侮辱罪)

 

 

一方、宿泊を拒否できないケース

 

以上のような「特定要求行為」と呼ばれる要求とは区別して、宿泊拒否の理由とすることができない要求がいくつかあります。
例えば、障害がある人が以下のような「合理的な配慮」を求めることは、宿泊拒否の要件には当たらないとしています。

▽ 車いすで部屋に入れるよう、ベッドやテーブルの位置の移動を求めること
▽ 発達障害のある人が待合スペースを含む空調や音響などの設定の変更を求めること
▽ 医療的な介助が必要な障害者や重度の障害者、車いす利用者などが宿泊を求めること
▽ 介助者や身体障害者補助犬の同伴を求めること
▽ 障害を理由とした不当な差別的扱いを受け、謝罪を求めることなどによって宿泊を拒否すること

また、宿泊施設側の故意や過失によりお客様が損害を被った場合に、施設側へ謝罪や補償といった対応を求めることについては、先に紹介した「特定要求行為」にあたるものを除いて、宿泊拒否の理由となる「要求」にはあたらないとされています。

 

 

宿泊施設でするべき事前の対処方法

 

改正旅館業法を適切に運用できれば、宿泊施設にとっても一般の利用者にとっても、いざという時にメリットがあります。
逆に、理解や対策が不十分であったり、誤った運用をしたりすれば、メリットが十分に得られないどころか、思わぬトラブルに繋がりかねません。
そのためにも、事前の備えをしっかりとしておきましょう。

① 従業員間でカスタマーハラスメントの対応認識を統一させる

顧客等からの迷惑行為、悪質なクレームに対応で慌てることがないように、日頃から研修等を通して従業員への認識を統一したり、教育を行うことは非常に重要です。

以下は、厚生労働省が提示している研修内容の一例です。(https://www.mhlw.go.jp/content/11921000/000894063.pdf

-悪質なクレーム(カスタマーハラスメント)とは(定義や該当行為例、正当なクレームとの相違確認)
-カスタマーハラスメントの判断例(判断基準やその事例)
-パターン別の対応方法
-苦情対応の基本的な流れ
-顧客等への接し方のポイント(謝罪、話の聞き方、事実確認の注意点等)
-記録の作成方法
-各事例における顧客対応での注意点
-ケーススタディ

過去に職場で発生した事案、経験等を踏まえた事例やケーススタディを設けると、より施設、組織にとって効果的な研修内容になると考えられます。

 

② 電話や館内のセキュリティ対策を強化する

専用電話を設置して録音が出来るようにしておくことや、館内のロビー等の共用部分には監視カメラを設置することで、抑止力を高めたり、実際にトラブルが起きた時の判断材料として活用する等の対応策もあります。


③ 宿泊約款にルールを追記

宿泊するお客様へのアナウンスも重要です。チェックイン時や客室に置いている宿泊約款へ記載しておいたり、宿泊約款を変更したことをHPのお知らせで共有したり、OTAの注意事項に記載したりするなど、事前周知も行いましょう。後で「書いていなかった」とはならないよう、抜かりなく準備しておく必要があります。

 

報復行為として悪質なクチコミを書かれてしまった場合

 

特定要求行為や宿泊をお断りすることで心配なことの一つが報復行為です。特にOTAやGoogle等のクチコミ投稿欄へ、事実と異なる理由で不当に低い評価を付けたり、誹謗中傷や嫌がらせにあたる記載をするなどの「悪質クチコミ」は、クチコミ評価の低下や風評被害を招くなどして、売上はもちろん、働く人の心にも大きなダメージとなりかねません。

万一の時に備えて、悪質なクチコミ投稿へどのような対処ができるかをご紹介します。

 

Googleのクチコミ削除依頼

 

Googleでは、自力で悪質なクチコミ削除を依頼する方法があります。

 

Googleビジネスプロフィールでクチコミの削除を依頼する方法

 

とはいえ、Googleの削除申請では詳細な説明ができないため、クチコミを削除してもらえないことがあります。Googleに削除要請をしても認められないクチコミは、以下の3つです。

1.星だけでコメントがないクチコミ

コメントがないクチコミの場合、不当に評価を下げる目的でなされたクチコミであるとは判断できないことから、Googleが削除を認めてくれないのが実情です。

2.事実の確認が難しいクチコミ

ユーザーが受けた印象が真実であるかどうかは、コメントを残した本人しか知り得ないことであり、第三者であるGoogleは、その投稿が真実であるかどうかを判断することができません。Googleが規定する「禁止および制限されているコンテンツ」に該当するものに限り削除をしてもらうことができます。

3.個人の感想にすぎないクチコミ

マイナスなクチコミであったとしても、単に個人の感想にすぎないクチコミの場合、削除をしてもらうことはできません。クチコミが事実ではなく、不当に評価を下げることが目的の悪質なコメントの場合には、Googleの規約違反として削除を認めてもらうことができる可能性があります。

 

 

OTAのクチコミの削除依頼

 

▼楽天トラベルの場合

クチコミの内容が規約違反に該当していれば、楽天トラベルへの削除依頼ができます。その場合には、「お問い合わせのページ」から必要事項と内容を記入します。
なお、楽天から削除依頼に対する返信はありません。依頼から3週間はクチコミが削除されるか様子見をするようにしてください。

 

楽天トラベルで削除の対象となるクチコミの禁止事項(一部分を要約)

  • 特定の個人が識別できてしまう情報を含むもの
    (例:氏名、住所、性別、年齢、部屋番号、その他)
  • 誹謗・中傷・差別的となる表現や、名誉毀損・プライバシー侵害・肖像権侵害・著作権侵害等となる内容
  • 投稿者が実際に体験または見聞していない内容を含むもの
  • 正当な根拠なく第三者の評判を毀損し、または信用不安を引き起こすもの
  • 事実と異なるもの

参照:クチコミ掲載サービス利用規約  https://travel.rakuten.co.jp/info/overseas/uservoice.html

 


▼じゃらんnetの場合
クチコミの内容が規約違反に該当していれば、じゃらんnetの管理画面からサポートデスクへ連絡して削除を依頼することができます。じゃらんの運営側でもクチコミが投稿される前に投稿内容の審査を行っているため、クチコミ削除を依頼したからと言って必ずしも削除されるとは限りません。

 

じゃらんで削除の対象となるクチコミの条件(一部を要約)

  • 事実と異なったクチコミ
    (例:昔、殺人事件があった / 怪奇現象が起こるらしい)
  • 施設とは関係のないクチコミ
    (例:この宿泊施設に泊まった後に体調を崩した / トラブルに巻き込まれた / 財布を盗まれたなど)
  • 誹謗中傷や名誉毀損、プライバシーの表現を含むクチコミ
    (例:隣の部屋に泊まっていた〇〇さんがうるさかった / この旅館のオーナーは元ヤクザで~)

参照:リクルート クチコミ投稿の掟 https://www.jalan.net/jalan/doc/okite.html

 

各OTAへ連絡をする際には以下のポイントを伝えることが大切です。

✔どの規約に違反しているのか
✔規約違反しているクチコミの画像やURL

 

「このクチコミは〇〇の部分の規約に違反しているクチコミとなっています。つきましては削除のご検討宜しくお願い致します。」のように、どのクチコミがどの規約に違反しているのかを相手に伝えることで削除してもらえる可能性が高まります。

 

さいごに

 

旅館業法が改正されたとしても、宿泊施設で働く皆様にとって、カスタマーハラスメントに対する緊張感がなくなるわけではありません。
利用客やスタッフ、そして宿を守るためにも、適切な対処法を学び、自社の宿泊約款の見直しをしていくなど、事前にお客様に「予防線を築き備える」ことが重要になります。

今回の改正により、「宿泊拒否が可能」という最終手段が新たに生まれたことで、スタッフの不安が減り、お客様への対応においてもストレスが減少するなど、少しでも良い影響があればと期待しています。

 

 

 

この記事を書いた人

はしもとかな

 

2015年入社後、コンサルティング営業室のコンサルタントとして全国のホテル・旅館のWEB集客支援を行う。現在は、宿泊業界のWEBマーケティングを支援するため、宿研通信の運営を担う。施設様のお悩みに寄り添った有益な情報発信を行うべく、日々業界のトレンドや情報の収集・分析を行っている。

 

 

 

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