【第3回】ホテル・旅館のブランド設計方法(後編)|ブランドの人格化からワークショップ、効果測定までの実践手順
2025. 11. 20
最終更新 2025. 11. 20
前回の記事「ブランド設計(前編)」では、ブランドの構想から、ブランド連想のコア設計までを解説しました。本稿はその続編となる「ブランド設計(後編)」です。
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ブランドは、ブランド構想を考えて完結するものではありません。
どんなによくできたブランド構想でも、社内で共有されず、日々の判断に落とし込まれなければ、現場でまったく違う形になってしまいます。
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実際、多くの施設様が悩むのは、
「ブランド像はあるのに、何をどうすればいいのか分からない」
「ブランディング活動の効果がよく分からない」といった“実践と測定”の壁です。
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ブランド設計の後編となる本稿では、
“決めたブランド像を、どうやって現場で再現し、実際の成果をどう測るのか”という、多くの施設様が悩みやすい部分を解説します。
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①ブランドに人格を与える「ブランドパーソナリティ」の設計
②お客様との接点を調整する「5つの要素」
③スタッフ全員の判断を揃える「社内浸透ワークショップ」
④ブランディング活動がうまくいっているのかを確認する効果測定指標「KBI」まで。
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本稿は、ブランド像を理想像で終わらせず、実際に機能させるための実践ガイドです。
ブランディング・シリーズ記事
過去記事 【第1回:基礎知識編】ブランディングとは何か。マーケティングとの違いを解説
過去記事 【第2回:設計方法(前編)】ブランディングを始めるステップ①~④
本記事▶【第3回:設計方法(後編)】ブランディングを始めるステップ⑤~⑧
公開待ち 【第4回:管理方法】ブランディングでやってはいけないことほか
目次
はじめに:ブランド設計はどのような手順で考えるのか
前回の「ブランド設計(前編)」では、ブランドの核となる『連想』を決めるまでを解説しました。本稿「ブランド設計(後編)」では、決めたブランド連想を現場で実現する手順⑤~⑧を解説します。

第1章:ブランドの人格化(ブランドパーソナリティ)
ブランド設計は、コアを決めたあとが本番です。決めた連想を組織全体で一貫して体現するには、スタッフ一人ひとりが同じブランド像を理解し、同じ方向を向いている必要があります。そのため、ここからは「質を揃える」工程に入ります。
まず取り組むのが、ブランドに人格を与える「ブランドパーソナリティ」です。

ブランドパーソナリティとは何か
ブランドパーソナリティとは、ブランドを「人間らしい性格や人格」として描写することです。
もしも自社ブランドが人間だとしたら、どんな性格で、どんな話し方をして、どんな価値観なのか。この人物像を明らかにすることが、ブランド構想を社内浸透させるポイントになります。
ではなぜ、ブランドの「人格化」が有益なのでしょうか?
その理由は、人間の脳は概念よりも“人物像”として捉えた方が覚えやすく、判断しやすいからです。「静けさ」という連想だけでは、スタッフごとに解釈が分かれます。しかし、「自然と、わびさびを愛し物静かで教養ある人物」と定義すれば、話し方、好む空間、振る舞いが想像でき、スタッフ全員が同じ方向性で判断できるようになります。 強いブランドほど明確な人格を持ち、その人格像こそが、他社と異なる世界観をつくる源泉になります。いくつか例を挙げてみます。
ブランドパーソナリティの例(※筆者の主観です)
■TOYOTA :派手さはないが、いつも丁寧で丈夫なモノをつくる仕事人。
■メルセデスベンツ:伝統に現代性を上手く融合する、風格ある紳士。
■レクサス :静かな存在感と確かな実力。洗練された美意識を持つ、一流のコンシェルジュ。
■SUZUKI :フットワークが軽く親しみやすい、町の人気者。
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宿泊施設では、
■加賀屋 :物腰柔らかく、心配りの行き届いた気品ある女将さん。
■星野リゾート界 :地域文化に精通した上質な案内人。
■ザ・リッツ・カールトン:格式とお客様の幸福を重んじる紳士淑女。
その他の例
□旅館A :珍しい体験や細部の違いで人を楽しませることを好む、知的でチャーミングな脚本家。
□ホテルB :出張中の食事を楽しみに変えてくれる、地域に詳しい、気さくな同僚。
□ホテルC :洗練された都会人。だけど、気さくで温かく、そのギャップが魅力的な人。
□ヴィラD:写真を愛し、煌びやかではなく情緒ある空気をつくるのが上手な空間演出家。
□ペンションE:好きなことを深く語れる、知識と思いやりを合わせ持つ温かな先生。
このように、ブランドを人物像として捉えることで、ブランドの個性がより明確になり、組織全体で「どんな人物を演じ、どんな振る舞いをするべきか」が共有しやすくなります。その結果、定義した連想が現場の判断や行動に一貫して落とし込まれ、その活動の積み重ねが、多くの人の記憶に狙った印象として定着していきます。
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ブランドパーソナリティの種類
ブランドパーソナリティには、さまざまな型があります。著名な理論では、ブランドを「誠実」「刺激」「能力」「洗練」「たくましさ」という5つの人格モデルと、細分化した15コの特性に分類します。

ただ、宿泊施設では、理論よりも実務の現場に沿った整理のほうが実用的かもしれません。例えば、「性格」「価値観」「役割」という3つの軸から人物像を整理すると、より実践的なブランドパーソナリティを設計しやすくなります。
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① 性格の軸:どんな性格か
お客様との距離感や、接し方の基本となる性格を考えます。
・親しみやすい/気さく/温かい → 誰にでもフレンドリーで、温かい雰囲気を纏う人
・おおらか/包容力がある/穏やか → 不安や小さなミスも笑顔で受け止める優しい人
・素朴/飾らない/自然体 → 飾らず自然体で、さりげない本物を大切にする人
・チャーミング/遊び心がある → ちゃんとしながらも、センスの良い遊び心を持つ人
・知的/洗練された/落ち着いた → 品位のある所作と簡潔な言葉で、相手に安心を与える人
・職人気質/真面目/丁寧 → 徹底したこだわりと誠実さを持つ人
・エネルギッシュ/活発/情熱的 → アクティブで前向きな姿勢の人
② 価値観の軸:何を大切にするか
判断の基準となる価値観です。迷ったときに「何を優先するか」を考えます。
・伝統/格式/品格/正統派 → 効率やトレンドではなく、伝統や品位、本物を優先する
・革新/珍しさ/発見 → ノーマルではなく、新しさや希少性を優先する
・自然/のどか/静けさ → 社交性や楽しさではなく、落ち着きと穏やかさを優先する
・効率/スピード/機能 → 量や形式ではなく、スピードと利便性を優先する
・楽しさ/ワクワク/遊び心 → 規則や常識、形式そのものよりも、意外性と楽しさを優先する
・地域性/文化/暮らし → 全国共通や標準的ではなく、その土地ならではを優先する
③ 役割の軸:何をする人か
お客様に対してどんな役割を果たす存在かを考えます。この役割が、行動の意識を決めます。
・案内人/ガイド → 紹介、先導する意識になる
・同僚/友人 → 一緒に楽しむ、寄り添う意識になる
・先生/専門家/職人 → 専門性を高める意識になる
・演出家/脚本家 → 各お客様に特別な体験を考える意識になる
・女将/コンシェルジュ → おもてなしと気配りの意識になる
・冒険家/探検家 → 新しい発見を共有する意識になる
これらの3つの軸を組み合わせることで、たくさんのパーソナリティが生まれます。
自施設ならどんな組み合わせになるか、下記の例を参考に考えてみてください。_
「3つの軸」で組み立てるブランドパーソナリティ例
例:「親しみやすい(性格)× 地域文化(価値観)× 案内人(役割)」
→ 星野リゾート界:地域文化に精通した上質な案内人
例:「知的・チャーミング(性格)× 珍しさ・発見(価値観)× 脚本家(役割)」
→ 旅館A:珍しいもので人を楽しませることを好む、知的でチャーミングな脚本家
例:「気さく(性格)× 食の楽しみ(価値観) × 同僚(役割)」
→ ホテルB:出張中の食事を楽しみに変えてくれる、地域に詳しい、気さくな同僚
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第2章:コミュニケーション戦術を考える
ブランドの人格化によって、自施設のブランド像がより見えてきました。次は、その人物像をお客様の記憶に正確に、そして印象的に残すためのコミュニケーション(接点内容)を考えます。
人が初対面の相手を判断するとき、言葉・見た目・振る舞いを総合的にみて「この人はこういう人だ」と認識します。企業ブランドも同じです。見え方や捉えられ方をコントロールするには、すべての接点で一貫した印象を保つコミュニケーション戦術が欠かせません。

ブランド印象を左右する5つの接点要素
では、一貫した印象を保つために、何を調整すればよいのでしょうか。
人はブランドを記憶するとき、言葉と五感(視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚)を総合して印象をつくります。ここでは、この認知の仕組みに沿って整えるべき「5つの接点要素」を整理します。
1.名称や言葉

名称や使う言葉は、ブランドの人格を直接的に伝える要素です。人は言葉を五感とリズムで記憶するため、名称や表現の統一は印象の再現性を高めます。企画名やプラン名、キャッチコピー、スタッフの言葉遣いも狙った連想に合わせ調整することで、体験全体の印象が揃ってきます。
文章は温度感を決め、語尾を下げた丁寧な文体は「品位/落ち着き」を、カジュアルでリズム感のある文体や「! !?」の使用は「親しみ/楽しさ」を感じさせます。また、フォント選びも連想を左右します。毛筆体は「こだわり/職人気質/和の伝統」を、明朝体は「洗練/品位/上質さ/知性」を、ゴシック体は「親しみ/安心/現代的」を連想させます。
2.視覚デザイン
見た瞬間に“その施設らしさ”を感じてもらうのが、視覚デザインの役割です。ベース色は世界観を支える土台となり、暖色系は「温かみ/活気」を、寒色系は「落ち着き/信頼/知性」を感じさせます。文字の太さや角の有無も「力強さ/優しさ」を知覚させ、写真の明るさや構図にもブランドの性格が表れます。館内のしつらえや備品、制服、パンフレット、公式サイト、SNS投稿へ一貫して反映すると、いつどこで見ても「あの宿だ」と思い出してもらえるようになります。
3.空間演出
空間は、滞在中ずっと身を置く環境なので、ブランドの世界観を体感してもらう大事な要素です。 家具や照明、調度品の種類と配置が、「上質さ/温もり/遊び心」を肌で感じさせます。天井の高さや照明の明るさも印象を左右し、開放的な空間は「ゆとりや活気」を、落ち着いた照明は「静けさ/安らぎ」を伝え、キャリーケースのゴロゴロ音を静かにする床材を採用することで、体感を高められます。このように、入口→ロビー→客室まで同じトーンで繋ぐと、滞在が一つの印象として残ります。
4.五感の調整
五感の調整は、言葉にならない無意識の体感として、ブランドの印象を決める要素です。エントランスの香り、BGMの音量とテンポ、寝具・クッション・タオルの肌ざわり、料理の味付けや器の重み・口あたり、ウェルカムドリンクの器の質感まで、狙った印象に合わせることで、五感が一体となった体験が生まれます。特に香りは長期記憶と強く結びつくため、香り袋やルームミストをお土産にすると、帰宅後も「あの時間」が蘇りやすく、記憶の定着を強めます。
5.接客、行動スタイル
接客や行動スタイルは、ブランドの人格を「生身の人間」として体験する唯一の要素です。人は相手の言動から性格を認識するので、スタッフ全員が話すスピード、声の大きさ、目線、しぐさ、距離感、歩く速さまで揃えることで「安心感」が生まれます。表情を崩した接客は「親しみ」を、凛とした佇まいの接客は「品格」を伝えますが、重要なのは誰が対応しても同じ印象を抱かせる一貫性です。この再現性の高さがブランド像の記憶定着を促進します。また、従業員の姿や所作は、空間演出の一部にもなる認識を忘れてはいけません。
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実際にコミュニケーション戦術を考えてみる
では、コミュニケーション戦術を具体的に見ていきます。これまで設計したブランドのコアやビジョン・エレメントを指針に、各接点をどう整えていくのか。例として「旅館A」で考えてみます。
例:旅館A(宿研旅館として)_
✓ 提供価値 :日常で疲れている脳のリフレッシュ/同行者に楽しんでもらえ、会話が弾む幸福感
✓ブランド連想:知性と感性が磨かれる所/知性/珍しい/細部にこだわり/プロ意識が高い/チャーミング
✓パーソナリティ:珍しい体験や細部の違いで人を楽しませることを好む、知的でチャーミングな脚本家
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■言葉(ブランドメッセージ例)
その他、プラン名や説明文には「○○探訪」「今宵の○○」など、知的好奇心をくすぐる言葉を使います。説明文は丁寧語で語尾を下げ、由来や背景を添えながら発見の喜び引き出します。「知る」「出会う」「磨かれる」といった言葉を効果的に使い、スタッフの説明は専門用語も自然に織り交ぜ、知的な会話を楽しむ雰囲気を大切にします。
■その他抜粋
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このように、コミュニケーション戦術は全接点を“狙った連想”へつなぐ逆算の設計になり、精度を上げる鍵は「人の認知特性」の理解となります。ただ、この内容を実行するのは現場のスタッフです。どれほど優れたブランド設計でも、一人一人が「なぜこの接客か」「なぜこっちを選ぶのか」を理解し実践しなければ、一貫した連想は生まれません。次章では、社内への浸透方法を解説します。
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第3章:社内へのブランド像の浸透を図る
ブランド構築成功の鍵は「社内浸透」です。この章では、全員が同じブランド像を共有し、現場で迷わず行動できるようになるワークショップ例を紹介します。

なお、組織への愛着を高める「インナーブランディング」と、本章で扱う「社外向けブランド構築のための社内共有」は区別して考えます。
ステップ①:目的とブランドの理解促進
最初のステップは、自施設の現状と課題を全員で共有することです。その上で、なぜブランド構築が必要なのか、どんな姿を目指すのかを伝えるために、ミッション・ビジョン・パーパス・ブランドコンセプトを一つの流れで整理します。これらを物語のように組み立てることで、スタッフ全員が「だからこのブランドを目指すのか」と納得しやすくなります。
① ミッション:ブランドが社会や顧客に対して果たすべき使命
② ビジョン :将来どんな宿として認知されたいか(目指す将来像)
③ パーパス :なぜそのミッションとビジョンを掲げるのか(存在意義)
④ コンセプト:ブランドの基本指針(自施設が実現する価値の宣言)
この4つを順に言語化していきます。ポイントは「パーパス」です。なぜそのミッションとビジョンを掲げるのか、その理由を明らかにすることで自施設の思想や価値観が定まり、組織全体の納得が得られやすくなります。旅館AとホテルBで考えると、下記のようになります。


これら4要素を順に組み立てることで、筋の通ったブランドストーリーが生まれます。「日々何を意識し、どこを目指し、なぜそれをし、何を約束するのか」が明確になった時、スタッフに納得感が生まれます。この「納得」こそが最も重要で、ブランディング活動とその背景が腹落ちした組織は、指示されなくても自然とブランドに沿った行動を取るようになります。

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ステップ②:ブランド世界観の体感と共有
次の工程では、ブランドの世界観を表す写真や映像を用意し、目指す雰囲気や体験を視覚的に共有することが有益です。さらにこの時、実践的な演習として下記のようなワークショップがあります。
・現在の各施策や活動、表現がブランド像にふさわしいか採点してみる(100点満点)
・「絶対にやってはいけないこと」をリストアップする
・その中で、特に良くない活動例を挙げ、どうすれば軌道修正できるのか議論する
・お客様に抱いてほしい連想ワードは、どのような振る舞いや活動で得られるのか意見を出し合う
特に「やってはいけないこと」の議論は必要です。他の施設が始めたり、新たなトレンドが出ても、「うちのブランドは絶対にしないこと」の共通認識が、ブランドの深い理解と判断基準になります。
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ステップ③:ブランド運用の仕組み化
最後に、ブランドを維持する仕組みの骨格を全員で作ります。
ブランドのルールを記述した「ブランドブック」を作ることもあり、この「ブランドブック」には、コミュニケーション戦術で考えた内容をもとに、ブランドの考え方、ビジュアルルール、言葉遣いの指針、カラーコード、そして「べからず集」等をまとめます。これは新人研修の教材にもなり、全員が同じスタートラインに立てます。
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さらに、「ブランドキーパー」を任命することも有益です。
このブランドキーパーを担うスタッフ1~3名は、新しい施策や制作物、情報発信がブランドに沿っているかをチェックし、必要に応じて軌道修正を指示します。月1回の定例会議で良い事例や改善した点を共有しつつ、ブランドブックの管理改善も一任します。このとき重要なのは、ブランドキーパーに「指示・変更の権限」を与えることです。ブランドの一貫性は、勇気ある「NO」で守られます。
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以上の3ステップをワークショップで実践すれば、ブランディング活動は確実に動き出します。ワークショップのゴールは、スタッフ一人一人がブランドを正しく理解し、自分の判断や行動がそのブランドに合っているかを日々の業務で自然と意識できるようにすることです。
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第4章:ブランディング活動の効果計測指標を決める
ブランド構築の設計が完成すると、次に確認すべきは「正しい方向へ進めているかどうか」です。ただし、ここで売上や稼働率を効果指標にしてしまうと、ブランディングの純粋な効果は見えなくなります。なぜなら、売上や稼働率は多くの要因に左右される「結果」であり、これらを評価軸に据えると短期視点に引っ張られてしまうからです。
本章では、ブランディング活動の進み具合を確認するための指標、KBI(Key Branding Indicator)の考え方と具体例を紹介します。また、KPIとの違いと注意点も整理します。
ブランディング活動の効果測定指標例「KBI」
_ブランディングの進捗を測るとき、見るべきなのは「因果関係」ではなく、「この活動が正しく積み上がっていけば、ここに変化が表れるはずだ」という相関関係です。これが「KBI」の考え方です。KBIでは、ブランド連想の伝わり具合、想起・信頼・一貫性が積み重なっているかを定点観測します。前章までに登場した旅館AとホテルBを例に、指標のイメージを掴んでみましょう。
■旅館Aの場合
旅館Aは「知性と感性が磨かれる、小さな発見が楽しい旅館」をブランドコンセプトに、初めて体験を設計しています。この連想が順調に育っているかを測るKBIとして、次のような指標が考えられます。
✓ レビュー内容に登場する「初めて/驚き/知らなかった/発見」等の連想ワード出現頻度
✓ 他者への推奨理由における「新しい発見が楽しい」体験価値の言及率
✓ メディア(WEBサイト、雑誌等)での紹介内容における、狙った連想ワードの登場率
✓ 新規顧客獲得コストの低下(広告予算、値引き販売の減少等)
これらの指標は、主にOTAやGoogle、SNSでのレビュー、または、宿泊アンケートの内容から収集し、旅館Aが目指す「知る楽しさから得る幸福感」という体験価値が、実際にお客様の記憶に刻まれているかを測ります。また、まとめサイトや報道機関、雑誌などの第三者が自施設を取り上げる際、その紹介内容にブランドが目指す「発見」や「知的好奇心」といった連想が登場しているかを確認することも有効な測定方法です。
■ホテルBの場合
ホテルBは、出張に一つの楽しみを提供するために「日本の出張をおもしろくする。」をコンセプトに掲げました。この約束が届いているかを測るKBIは、下記のような指標です。
✓ ビジネス客のリピート率(出張需要の定着度合い)
✓ クチコミでの「出張が楽しみになった」等の情緒的価値の言及率
✓ 地域食を楽しむメニューやプランの選択率
✓ 自社アンケートにて、出張以外で再訪問したい意欲・実施率の増加
これらの指標も、予約データやOTA、Googleのレビュー、宿泊アンケートから収集し、ホテルBが目指す「出張というビジネスシーンに楽しみをもたらす存在」として記憶されているかを測ります。
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このように、「KBI」はブランディング活動の領域や対象、連想、そしてビジョンによって測るべき指標が変わります。この指標は必ずしも「売上」に直結しませんが、長い目で見れば“想起されやすいブランド”ほど収益基盤が強くなるという点で、非常に重要な役割を果たします。
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KPIとの違いと、運用上の注意点
マーケティングでもよく用いられる「KPI」と、ブランディングで用いられることがある「KBI」は、どちらも事業活動を測る指標ですが、その性質は大きく異なります。
■ KBI: ブランド活動の成果が「表れるはずの箇所」を見る相関関係の指標
ブランディングの効果測定指標に、「KPI」でよく使われる稼働率/アクセス数といった外的要因でも動きやすい指標を置いてしまうと、どうしても即効性のある反応の出やすい施策に流れ、その結果、「質を揃えるはずのブランディング」が「量を追うマーケティング」にすり替わり、せっかく積み上げてきた記憶や一貫性が損なわれるリスクがあります。
「KPI」は日々の集客活動の評価に使い、「KBI」は、想起・信頼・一貫性が順調かの定点観測に使う。短期の数字ではなく、記憶の定着と質を見るこの使い分けが、ブランド構築の基本理解になります。
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さいごに
設計から、運用へ
ブランド設計とは、自施設がお客様の頭の中に、どのような言葉を所有するのかを決める作業です。本稿では、現状の理解から目的の設定、ブランド構想の言語化、ブランド化する対象の選定、そして生み出したい連想の整理まで、一連の手順を解説しました。そして最後に、その活動が正しく進んでいるかを測る指標として、KBIの考え方もご紹介しました。
ただ、ブランド構築の本当の難しさは、ブランドの管理にあります。
次回、シリーズ最後の「ブランド管理編」では、設計したブランドをどう運用し、育てていくのか、経営レベルの戦略と注意点を解説します。複数施設を展開する場合の「ブランド全体戦略(ポートフォリオ戦略)」や、リブランディングの注意点など、新規開業やブランド変更を検討する際の重要項目をお伝えします。このブランド管理に「ブランド論」の奥深さと、運用する醍醐味が隠されています。
設計編のさいごに。
ブランドは、ブランド像と活動内容を決めた瞬間に完成するものではありません。長く育て続けることで、深まっていくものです。ワインやウィスキーのように、年月を積み重ねるほどに輪郭が深まり、続けるほど体験する意味が大きくなるものです。
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ブランディング・シリーズ記事
過去記事 【第1回:基礎知識編】ブランディングとは何か。マーケティングとの違いを解説
過去記事 【第2回:設計方法(前編)】ブランディングを始めるステップ①~④
本記事▶【第3回:設計方法(後編)】ブランディングを始めるステップ⑤~⑧
公開待ち 【第4回:管理方法】ブランディングでやってはいけないことほか

