
【第1回】ホテル・旅館のブランディングとは? 知識ゼロからでも分かる「ブランドの作り方」を詳しく解説
2025. 10. 23
最終更新 2025. 10. 23

皆さんは、「ブランディングとは?」と聞かれたとき、どう説明するでしょうか。
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「認知度を上げること」「イメージを統一すること」
多くの人がそう答えますが、これは半分正解で、半分は誤解です。
また、「ブランド=高価格帯の商品」と捉えられることもありますが、それも違います。
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本来のブランディングとは、訴求ではなく、人の記憶を設計し、その定着を図る活動です。そして「ブランド」は、価格帯に関係なく、お客様をもつすべての事業者・製品・サービス・名称に宿る“認識という無形の資産 ”です。
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「宿研ナレッジ」では、宿泊施設様が本当に価値ある『ブランド』を構築できるよう、ブランディングに必要な知識とノウハウを「第1回:基礎知識編/第2回:設計編/第3回:管理編」の3シリーズに分け解説します。
コンセプトは、<知識ゼロからできるブランディング>しっかりした内容だけど、「分かりやすい」に徹底的にこだわり、初めての方でも実践できる内容にまとめます。
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本稿はその<第1回編>として、
①ブランドとは何か。 ②ブランディングとは何か。 ③マーケティングとの違い。
この3つの基本を理解し、ブランド構築の第一歩を踏み出すための基礎知識を解説します。
※尚、ここで紹介する「ブランディング」は、組織の活性化と愛着を推進する目的のブランディングはご紹介していません。競争におけるブランディングをテーマにしています。
目次
第1章:ブランドとは何か。その起源から本質を理解する
事業者が「ブランディング」に取り組む際、まずは『ブランド』の正体を理解しなければなりません。なぜなら、ブランディングとは『ブランド』を設計し、維持・強化する活動だからです。
ここでは、『ブランドの起源』からその本質を解説します。
ブランドの起源は「牛」説
ブランドの起源には複数の説がありますが、最も広く語られているのは「牛の焼き印」に由来する説です。これは所有者が自分の牛に焼き印を押し「これは誰の牛か」を示すための「識別のしるし」として使われました。やがてこの印(しるし)は、単なる識別の機能に終わらず、「この印がある牛は〇〇だ。信頼できる」という品質の証としての役割も持つようになります。
つまり『ブランド』とは、印(しるし)もしくは、固有名称のような他者との「識別特性」をもち、その「識別特性」に、何らかの「意味」や「約束ごと」など、独自の連想が結びついた『連想の束』といえます。簡単に言うと、独自の印や固有名称と、独自の連想がセットになっている記憶です。
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上記のメーカー名が分からない車を見て、皆さんはどのような車と認識しますか?
おそらく、「特に何とも思わない」や「判断材料がない」と答える人が多いでしょう。
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では、この車に「 TOYOTA 」のエンブレムが付いていたらどうでしょうか?
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途端にこの車に対し「安心できる車」「運転しやすい車」「故障が少ない車」といった具体的な認識が浮かび、欲しい人が出てくるかもしれません。このエンブレムという「識別特性」が、まだ乗ってもいない、特長も分からない車に信頼や品質を与えました。
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これが『ブランド』の正体です。
まとめると、製品・サービスの機能(車:移動ができる)にプラスαで「意味(安心できる・運転しやすい)」もしくは、「約束ごと(故障が少ない)」という独自の連想が付随し、ロゴなどの有形物や固有名称と結びつき、その人の記憶に定着している束が『ブランド』です。
_「ブランド」を理解する上で、一つ大事なことがあります。
「TOYOTA」と聞いて、ある人は「故障が少ない」を思い浮かべるかもしれませんが、別の人は「普段使いの車」「レンタカー」を連想するかもしれません。このように、同じ「識別特性(エンブレム)」を見ても、人によって抱くイメージ(連想)は異なります。
これが意味するのは、『ブランド』は企業が一方的に押し付けるものではなく、日頃の企業活動に対して消費者が連想、伝言していくもので、消費者一人一人の頭の中に“それぞれのブランド像”として存在している事実です。つまり、企業が伝えたい内容がブランドの連想になるわけではないということです。
ブランドの連想はどこから生まれるのか
先述の通り、ブランドは識別特性と連想の束です。そして、その連想は広告やPRよりも、むしろ日々の顧客接点から生まれています。例えば、
黒基調の公式HPは → 「威厳・本物・贅沢・自信」を連想させる
アクセス案内が写真・動画 → 「親切・気配り」を連想させる
クチコミへの丁寧な返信は → 「信頼・誠実・優しさ」 を連想させる
白基調の内装とほのかな香りは → 「清潔・さわやか」 を連想させる
落ち着いた言葉遣いは → 「丁寧・上品・余裕」 を連想させる
料理の丁寧な説明は → 「親切・専門性・こだわり」 を連想させる
お礼メッセージやクチコミ返信 → 「親しみ・温かさ・面倒見の良さ」 を連想させる
宿泊アンケートにある改善の実施→ 「真面目・勤勉・成長」を連想させる
宿泊客のSNS投稿への反応は → 「丁寧・社交的・活動的」を連想させる
このように、日頃の何気ない活動の一つ一つがお客様の連想となって蓄積されていきます。
つまり、開業直後の施設を除けば、意図的にブランディング活動をしなくても、お客様の頭の中にはすでに皆さんの施設の“ブランド像”が存在しています。そして、重要なのはその既存の連想を把握し、目指すべき方向へと揃えていくことです。
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ブランド構築の目標は「第一想起」
ブランド像を望む連想へと少しずつ揃えていくにあたって、もう一歩踏み込んでおきたいのが『ブランド』構築の目標です。意外に多くの施設がブランド構築の目標を“売上”に置きますが、売上はあくまで“結果”であり、目標ではありません。この混同が、ブランディングの効果が実感できない原因になっています。
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売上を目標にするべきでない理由は簡単です。
売上は、価格や競合の状態、観光地要因など、無数の要素が絡み合った結果であり、ブランド構築の純粋な効果を切り分けて測ることができません。そのため、売上を追うとブランド構築が進んでいるのか評価できず、「効果がよく分からない」と感じて短期的な施策ばかりに流れます。その結果、一時的な売上は作れても、事業の積み重ねの効力が弱く、印象に残りにくい存在となってしまいます。
本来、「ブランド構築」の最終目的は長期的な収益の向上ですが、直接の目標は「第一想起」の獲得です。第一想起とは、消費者が特定のニーズを感じたとき、蓄積されたブランド連想が引き金となって、真っ先にそのブランドを思い浮かべる状態を指します。例えば「次は故障が少ない車がいい」と考えたとき、最初に「TOYOTA」が頭に浮かぶ状態のことです。この「真っ先に選択肢として浮かぶ力」こそが、バランスシート(貸借対照表)には載らない無形の資産でありながら、長期的な収益を支える源泉になります。
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第2章:ブランディングとは何をする活動か
「ブランド」の本質が掴めると、『ブランディング』の役割も明確に理解できます。
一言で言えば、「ブランド」を構築する活動全般です。ただ、一見シンプルに聞こえますが、この『ブランディング』は奥が深く、「人間」の理解と一貫した実践、そして覚悟を必要とします。
同じ車でも、エンブレムが変われば「意味」が変わる
まずは、『ブランディング』がされている状態を理解することで、ブランディングの本質を掴みます。
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先ほどのメーカー名のない車に、今度は『メルセデス・ベンツ』のエンブレム(スリーポインテッド・スター)が付いていたらどうでしょうか?TOYOTAと同じ認識を持つでしょうか?
おそらく違うはずです。メルセデス・ベンツには「高級車」「格式」「威厳」「高性能」といった、TOYOTAとは異なる連想が浮かぶのではないでしょうか。
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では、レクサスのエンブレム「L」ならどうでしょう?メルセデス・ベンツと同じ認識でしょうか?それとも、TOYOTAに近い認識でしょうか。おそらく、レクサスには「洗練されたデザイン」「静粛性と快適性」「高品質」といった、同じ高級車でもメルセデス・ベンツとは異なる連想を抱くはずです。
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さらに次は、『SUZUKI』のエンブレム「S」が付いていたらどうでしょうか。
おそらく、「軽」「コンパクトカー」「リーズナブル」「街乗りにちょうどいい」「気楽に乗れる」など、これまでの3社と異なる連想が浮かぶと思います。
このように、エンブレムや名称という「識別特性」に、それぞれ独自の連想が結びついています。これが「ブランドの個性」です。そして、その個性が他社と明確に区別されたかたちで記憶され、特定のカテゴリーで真っ先に思い出される状態、これが『ブランディング』の目指すゴールです。
この状態をつくるには、ブランド連想をバラバラにせず、一貫した方向性に焦点を絞り込むことが鍵になります。例えば、「車は小回りが利き、駐車もしやすく気楽に乗れるものがいい」と考える人が、メルセデス・ベンツを真っ先に検討することは少ないでしょう。きっと「コンパクト、駐車しやすい」の連想を長年積み重ねてきたブランドが検討候補に挙がるはずです。
ブランディングは、SUZUKIが「軽快」であり続け、ベンツが「格式と威厳」を損なわないように、『ブランド』が約束する世界観(購入する意味や約束ごと)を一貫して維持する必要があります。
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ブランドの核は「独自性」。でも…
これまでの車の例から分かるように、ブランドの中身には「独自性」が存在します。
ただ、「独自性=完全オリジナル」と、ハードルが高く感じるかもしれませんが、安心してください。ブランド構築では、唯一無二の「独自性」だけでなく、『特異性』も十分にブランドの核になります。特異性とは、平均の中にある部分的な違い、独特な組み合わせなどに起因する「特殊な性質」のことです。
「特異性」をつくる例
宿泊業の競争環境は、同じ地域で、同じ食文化と顧客層のことが多く、食材・プラン・サービス・設備が自然と似てきます。このような同質的環境では、「提供価値は他と同じ」という前提のもと、“小さな違い”を意図的に設計することが、区別と記憶を高めるブランディングの基本です。ここでご紹介するのは、設備やサービス内容の差ではなく、「存在の特異性」という、見え方や意味の持たせ方で違いを設計します。下記に他業界でもよく使われる代表的な方法を3つご紹介します。
1.変わった名称を使う/名称を工夫する
長期的にみると名称がブランドの想起として強く働きます。そこで、一般的によく使われる名称や分かりにくい造語は避け、声に出して言いやすく、意味も明快で、検索してもすぐに見つかる工夫した名称が最適です。このような名称は記憶に残りやすく、他社とも区別しやすくなります。
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2.競合たちが使っていない色を選ぶ。(公式サイトのメインカラー等)
色は言葉よりも早く脳で処理されるため、競合と被らない“逆の色”を取るほど区別されやすくなります。同じ提供価値でも、色が違うだけで「少し違う存在」として識別され、それぞれの色がもつ認知特性で自施設の印象をコントロールできます。
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3.ユニークなメッセージで違いをつくる。
一般的な訴求コピーではなく、少し引っかかる印象的な言葉や、想像を促す表現、「?」が浮かぶような一風変わったメッセージは、似通ったサービスの中で存在を際立たせる有効な方法です。また、掲げている言葉が組織運営や行動の基準になることは、ブランディングとして非常に良いものです。
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ブランドをつくることは、特別なことを始めることではありません。毎日の小さな判断やデザイン、言葉づかいの一つ一つが、記憶の中に「この施設らしさ」として積まれていきます。ブランドづくりで大切なのは、“何を足すか”よりも“何を一貫させるか”を決めることです。
その焦点を絞った活動の積み重ねが、他と似たように見える環境の中で「違う存在」としてお客様の記憶に残り続ける力になります。
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さいごに:マーケティングとの違い
施設様とお話する際に、よく「マーケティングとブランディングの違い」について尋ねられることがあります。この理解は非常に重要で、誤った認識はブランディングの効力を半減させてしまう大事な知識となります。
両者の違いは「量」を伸ばすか、「質」を揃えるか
「マーケティング」と「ブランディング」。両者は対立するものでも、どちらかを選ぶものでもありません。目的も、時間軸も、評価方法も異なりますが、相互に補完し合う関係です。両者の違いを時間軸で説明すると、マーケティングは「今の売上をつくるための活動」です。一方で、ブランディングは常に「未来の売上をつくるための活動」です。
さらに関係性で説明すると、ブランディングは、“量”を追うマーケティング活動に、一貫した“質”を与える活動です。「マーケティング」という大きな概念の中で、ブランディングはマーケティング活動全域に「連想の方向性を揃えるルール」であり、同時に「記憶に残りやすい識別特性(ネーミング、ロゴ、デザイン)を設計する活動」として存在します。
そして、両者の違いは活動の効果測定指標にも表れ、マーケティングで使われる転換率や稼働率のような「KPI」は使いません。この詳細は次回以降の「ブランド管理編」で詳しく解説します。