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『宿泊業の高付加価値化のための経営ガイドラインに基づく登録制度』を分かりやすく解説!

「宿泊業の高付加価値化のための経営ガイドラインに基づく登録制度」このとても長い登録制度名の概要や取組内容を皆さんはご存じでしょうか? 2023年に入りほとんどの自治体でこの登録制度の説明会が開催されていることから、案内等で見たり聞いたりしたことがあると思います。
実際に
宿泊業界内での認知度がどの程度か推し量れませんが、少なくともこの登録制度は、宿泊業界で働く人であれば必ず知っておきたい制度といえます。その理由は後述しますが、本稿では単純に登録制度を紹介するだけでなく、制度内容と目的をより理解するために、現在の宿泊業の実態と制度創設に至った経緯を考察したうえで、本制度をどこよりも分かりやすく解説します。

 

もくじ
1.宿泊業の高付加価値化のための経営ガイドラインに基づく登録制度とは
2.   なぜ宿泊業の高付加価値化を目指しているのか
3.宿泊業の高付加価値化事業の内容
4.登録の流れと注意事項のまとめ
5.さいごに

 

宿泊業の高付加価値化のための経営ガイドラインに基づく登録制度とは


【 制 度 概 要 】
この登録制度は2023年2月からスタートした観光庁創設の登録制度です。登録制度の目的は「宿泊施設の経営力・収益力の向上を図ること」と置かれており、観光庁はこの目的を達成するために、有識者を含めた検討会を実施、宿泊施設の経営力・収益力の向上を図るために必要な『経営ガイドライン』を策定しました。

そして、このガイドラインに則った経営をする宿泊事業者を、観光庁が今後支援できるようにするために登録制度を設け、事業者の見える化を図ったものがこの『宿泊業の高付加価値化のための経営ガイドラインに基づく登録制度』です。
宿泊事業者はこの登録制度に登録することで、今後実施されるさまざまな補助事業において、観光庁や自治体から積極的な支援(優遇)がしてもらえるメリットがあります。

この登録制度の目的について、ひとつ視座を上げると、現在、小規模施設に限らす、家業的な経営形態、借入金依存が多い宿泊業を健全で持続可能な経営形態にすることで、国の基幹産業を担ってもらいたいという非常に大きな期待があり、外資を獲得したい国の施策に深く関係しています。

この登録制度の理解を深めるために、ここで示されている「宿泊業の高付加価値化」について創設の背景を見ながら、次項で少し掘り下げてみます。

 

「宿泊業の高付加価値化」とは

 

「宿泊業の高付加価値化」とは何を示しているのか


この登録制度で示している「宿泊業の高付加価値化」とは、宿泊業が生産性の向上による利益率の高い業種となることを示しています。つまり、消費者に対し付加価値を発信しよう!と働きかける制度ではなく、宿泊業が利益率の高い産業となるための第一歩として、『経営ノウハウの底上げ』が狙いとなります。よって、正しい経営ノウハウを身につけたいと考えている経営者の方、宿泊事業への新規参入を考えている事業者にとっては、経営の基礎地盤を固めることのできる非常に価値の高い登録制度といえます。

参考に、以下は企業規模別・業種別の労働生産性を表したグラフです。
飲食業と合わせての数値となりますが、宿泊・飲食業は企業規模問わずとても低い労働生産性であることが分かります。

※出典元:中小企業庁 「2022年版小規模企業白書」より

 

■宿泊業の利益率はどれくらいか


先述の労働生産性が示す通り、私たちの宿泊業は利益率の低い業種と位置付けられています。
利益率に関する公式な調査として、現在発表されている2018年度の財務省調査結果※1によると、全業種の売上高営業利益率平均が4.4%に対し、宿泊業は3.7となっています。
(経済産業省の別調査※2では、2020年度宿泊・飲食業の売上高営業利益率は、マイナス1.83%の結果。これは全業種の最低値であった)
宿泊業のほかに売上高営業利益率が低い業種は、生活関連サービス業・娯楽業、運輸業・郵便業、小売業が例年低水準となっています。

反対に最も売上高営業利益率が高い業種は、不動産業で11.1%、次いで情報通信業8.9%、化学業8.6%となります。製造業全般でも5.2%あるので、宿泊業の利益率が低い状態であることは事実であり、今後国の基幹産業を担い、持続可能な経営をするためには、利益率=付加価値を高めることが必須となります。

このように、現在の宿泊業の利益率の低さと、今後の期待値のギャップがこの登録制度創設の背景にあるといえます。


※1 出典元:財務省「年次別法人企業統計調査(令和3年度)
※2 出典元:経済産業省「中小企業実態基本調査令和3年確報

 

宿泊業の高付加価値化が実現された状態とは


では、この状況を打破するために、登録制度にある『経営ガイドライン』を実施することで、宿泊施設は将来どのような状態になるのでしょうか。登録制度の資料に記載されている、「取り組みにより期待できること」「登録要件」の内容を整理し考察すると、以下の4つのような状態になることが考えられます。


以上の内容をまとめると、時代の変化に対応でき、かつ、健全な経営を継続できるようになるといえます。では、このような状態になるためにどのような『経営ガイドライン』が策定されているのでしょうか。登録制度の全体像と合わせ、『経営ガイドライン』の中身に触れていきたいと思います。

 

 

宿泊業の高付加価値化経営ガイドライン登録制度の内容


ここから本題に入りますが、ひとつ注意点として、今回ご紹介しているこの登録制度に登録しても、補助金が下りたり、何らかの許可が下りることはありません。そのため、経営ガイドラインに則った経営を進めるために外部企業に協力を依頼する費用や、システム導入費についてこの登録制度から補助はされません。

外部企業への委託費やシステム導入費を補助してもらいたい場合は、現在実施されている各種補助金事業、助成金事業に別で申し込む必要があります。その際、先述の通り、この制度に登録していると各種補助・助成事業の採択において優遇されるというメリットがあります。

 

登録制度の内容


宿泊施設がこの制度に取り組む場合、制度に登録する必要がありますが、その登録には区分が2種類あり、どちらかに登録する流れとなります。その登録区分とは以下の通りです。


この登録区分の違いは、基本的な必須事項の実施+α があるか、ないかの違いです。
『準高付加価値経営旅館等』は経営ガイドラインに記載されている、基本的な必須事項だけの実施でよく、一方の『高付加価値経営旅館等』は必須事項+努力事項を実施することになります。
登録制度内での両項の待遇差はありませんが、他で実施される補助金事業、助成金事業によっては差が発生する場合があります。(どのような差があるのかは各補助金事業、助成金事業により異なります。詳細は各事業のお問い合わせ窓口にてご確認ください。)


次に「必須事項」と「努力事項」とはどのような内容なのかを解説します。

 

経営ガイドラインにある「必須事項」と「努力事項」の内容とは


この「必須事項」と「努力事項」が『経営ガイドライン』の主題であり、それぞれについて実施すべき要件提示がされています。両項を分かりやすく理解するために、まずはこの登録制度の全体像を整理します。

『経営ガイドライン』には大きく3つの分野の指針があり、その3つの分野はさらに4つの視点に分けられます。3つの分野、さらに細分化された4つの視点の内容は以下の通りです。



『経営ガイドライン』は、4つの視点それぞれに取り組むべき「必須事項」と、さらなる高付加価値化に資する「努力事項」とに分けられて示されています。各視点に記されている『経営ガイドライン』の内容は以下の通りです。(画面クリックで拡大されます)


必須事項は全て実施する必要がありますが、努力事項は、4つの視点それぞれに記載されている要件のいずれか半数以上を実施することになります。
2つの登録区分を含め、この登録制度の全体像を図式化すると以下の通りです。

 

 

登録の流れと注意事項のまとめ

 

■登録の流れ


ここまでの解説で、全体像とその内容、登録区分の違いについておおよそ理解ができたと思います。「必須事項」と「努力事項」の詳細を説明するとたいへん長くなりますので、
気になる方はこちらの制度ガイドライン 12ページ以降をご覧ください。


説明の最後として、登録方法を簡単にご紹介します。
登録は制度の公式HPから資料をダウンロード⇒書類記入⇒アップロードとなります。
※この登録制度の申請受付期限はなく、通年受付けていますので、ご自身のペースに合わせご登録できます。



登録後は、「必須事項」や「努力事項」の実施報告書を提出する必要がありますが、毎月提出ではなく、登録後の5年間、毎事業年度の終了時に提出することになります。
提出期限は毎事業年度の終了月から3か月以内に提出。
提出方法は登録制度公式サイトに案内がされていますので、合わせてご確認ください。


注意事項


✓登録は法人ごとではなく、宿泊施設単位となります。
✓登録後は5年ごとに更新手続きが必要です。(更新方法は登録制度公式サイトから)
✓事業実績が1年に満たない宿泊施設の場合は、申請時点での営業実績に基づいて書類を作成します。
✓努力事項にある、「サステナビリティに関する取組の認知と発信」については、自社サイトやOTAサイトの画面をスクリーンショットした画像等でも可です。


※持続可能性の視点にある「必須事項」、心のバリアフリー認定制度の内容については、過去に書いたこちらの記事をご確認ください。
※その他の注意事項は登録制度の公式サイトからご確認ください。

 

 

さいごに

今回ご紹介した登録制度のメリットは2つ。

①経営の健全化が図れる。新規事業者にとっては経営基盤の形成が図られる。

②各種補助・助成事業の採択において優遇される。もしくは、補助対象要件を満たせる。

特に②については、国だけではなく自治体が実施する補助金事業において、補助対象要件としてこの登録制度への登録が明記されていることがあります。

例えば、福井県が2023年5月から独自に実施している「多様な宿泊施設整備支援事業(旅の目的となる上質な宿泊施設)」では、『”高付加価値経営旅館等”もしくは”準高付加価値経営旅館等”への登録申請をしていること』がすでに必須条件として記されています。

以前の省エネ設備導入補助金記事でも述べましたが、この登録制度は、国や観光庁が予算を準備する補助事業での採択に影響があるだけでなく、福井県のように、今後は各自治体が実施する補助事業においても、制度登録が必須事項、優遇条件となる場面が多く見られることでしょう。

 

 

 

この記事を書いた人

はまだ しゅうさく

入社後、コンサルティング営業室のコンサルタントとして全国のホテル・旅館の集客支援を行う。現在はマーケティング部署でマーケティング戦略を担当。豊富な実務経験と、データを活用したロジカルな思考で課題発見と解決を得意とする。宿泊業以外の他ビジネスからのヒントを紹介するビジネスコラムを担当することが多い。

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